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問題だけど、問題ないブログ

いつもご機嫌、意地でもご機嫌。機嫌さえよければ当面問題ないんです。知らんけど。

情報発信は「ご自由にどうぞ」の精神

所感
わたしの勤める会社には「置き菓子」のシステムがあります。
給湯室の小さなボックスに誰が食べてもいい駄菓子が入っていて
無くなったら食べた人が自主的に補充しようね~という暗黙の了解で成り立ってます。
 
会社の方針で決めたのではなく、いつの間にかそんな感じになってました。
わたしはちょくちょく失敬するので、ちょくちょく補充してます。
 
図々しい人が得するシステムではありますね(´Д`)
多分食べてるだけのヤツもいるでしょう。
お菓子は食べたらなくなってしまうので、どうしても損得が出てしまいます。
 
ふと、ネットでの情報発信について考えました。
ブログでもSNSでも、一端ネットに乗った情報は許可された全ての人に「ご自由にどうぞ」の状態です。
タイムセールの情報やフライング、ガセネタを除くと、情報が目減りすることもありません。
受け取る側に損得が出ないのが、モノを「ご自由にどうぞ」する場合との違いです。
 
これって結構すごいことだと思います。
一人の人間が一つの情報を発信する労力で、得する人が無限に生まれる可能性があるってことですから。
 
例えばわたしが「起きたーダルいー○○○して寝るー」とツイートしたとして、誰が反応するんだって話ですけど。
もしかするとその日、後に歴史の分岐点と呼ばれる大事件が起こってるかもしれない。
その場合、何百年後かの歴史学者が上のツイートを発見したら
「歴史の大変換の最中でも、一般人はそれに気づいてなかった」という証拠の一つになりえます。
研究成果が上がれば教育の発展に繋がるし、それが社会をよくするかも??
 
話が飛躍しすぎです\(^o^)/
見る角度やスパンを変えれば、どんな情報でも何かの役に立つ可能性があるということが言いたくて。
 
情報発信は受け手だけでなく送り手も「ご自由にどうぞ」です。
自分の責任の範疇で、自由にやっちゃえばいいと思うんです。

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だから、話にオチがないのも自由です!