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問題だけど、問題ないブログ

いつもご機嫌、意地でもご機嫌。機嫌さえよければ当面問題ないんです。知らんけど。

共感は護身術

所感

わたしは対人関係に興味を示さないという、偏った性格を持ってます。

自分は普通に人と関わっているつもりですが、相手の欲しがる反応が出来てないようなんです。

おかげで子供の頃から当然いじらめれっこですよorz

一人は全然気にならないんですが、わざわざに攻撃してくる人たちには参りましたね。

嫌いなのになんで関わるのかって思ってました。

でも、今になってちょっと考えを改める面もあります。

 

共感してくれないのは攻撃

人に興味がないので、相手の考えはわかりません。なので共感が出来ませんでした。

最近よく聞く「承認欲求」を満たしてあげられないんです。

これを「攻撃」と捉える人が意外に多い。

 

子供の頃って自分と違う存在を敏感に察知しますよね。

うちらの好きなドラマに興味を示さないのはおかしい!うちらと違う!敵!!

こんな感覚です。

そして、防衛本能丸出しで襲い掛かってきます。

 

わたし、ドラマなんて旬のタレントを盛るお皿みたいでおもんないってスタンスでしたから。

彼からすれば挑発行為に等しかったのでしょう。

攻撃されてたと思いきや、反撃されてた。

 

興味ないなりに、彼らの「好き」という気持ちに共感してあげればよかったんですね。

こちらも子供なので、自分と違うヤツはおかしい!と思ってました(´Д`) 

話に乗ると自分の気持ちを殺すみたいで嫌だったんです。

さすがに今は本音と建て前の使い分けは覚えましたけど!

 

格闘技をやって、共感は単なるスキルと気づく

とはいえ建前だけで人間関係を保つのも、結構しんどいです。

口に出さない本音がだだ漏れになりますw

 

その傾向がなくなったのが、ロシア式軍隊格闘術「システマ」を習ってからです。

おそロシアな響きですが、カルチャーセンター通いなのでゆるゆるでした。

特に戦えるとかないです。(本人の闘争心の問題。先生悪くない)

 

ステマでは相手の動きに合わせ続ける「シンクロ」という概念があります。

練習としては、相手と手の甲をつけたまま、延々相手の動きについていきます。

不思議なことに、辛抱強く相手に合わせ続けると、相手の関節が決まったり投げ飛ばせたりという瞬間が訪れるんですよ。

意味わかんなかったです( ̄□ ̄;)

 

相手のやりたいようにやらせていれば、やりやすいがゆえに、こちらの攻撃の意図に気づいても防げない、という仕組みだそうです。

相手の力を利用する、合気道の「合気」や柔道の「柔の心」なんかも近い概念ですね。

もちろん、ルールに則った練習でのことですから、そこらの一般人が実践できるかと言えば難しいでしようけど。

 

3年ほど習いましたが、本当にうまくできたのはものの数回でした。

でもその数回の体験で「これってコミュニケーションと一緒やん?」と思えたのが大きかったです。

格闘技はまたの名を肉体言語。コミュニケーションの一形態なんですから。

「シンクロ」=「共感」

そっか、シンクロしときゃいいんだ。

じゃあ練習したらなんとかなるんちゃう?って思ったんです。

 

相手に合わせて、認めて、単なる愛想

違う意見でも、シンクロするつもりで肯定的に聞き続けるだけ。

共感しながら相手の話を聞くのって同意するのとは違うとやっと気づけました。

しかも、いい加減に話を聞くようになってから、攻撃(反撃)されることが劇的に減ったんですよね。

 

「承認」って愛想でいいんかい( ゚Д゚)

アホらしくなって肩の力が抜けました。

真面目に相手してて損したわ(*´ー`*)

 

よく考えれば、悩むほどの人間関係なんてそんなにないですよね。

その場をしのげれば、何の問題もないです。

エネルギーは興味があることのために取っておきましょう!

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