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問題だけど、問題ないブログ

いつもご機嫌、意地でもご機嫌。機嫌さえよければ当面問題ないんです。知らんけど。

メサイアコンプレックスの女性が夫をうつ病に追い込んだ話

所感

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メサイアコンプレックスという言葉をご存知でしょうか。
「メサイア」とは「救世主」のこと。
人を救いたいという欲求が強い人を指して使われます。
略してメサコン。
 
ウィキペディアでの説明を引用します。
メサイアコンプレックス(英: Messiah complex)とは、キリストコンプレックスまたは救世主妄想とも呼ばれる、個人が救済者になることを運命づけられているという信念を抱く心の状態を示す言葉である[1] 。狭義には誇大妄想的な願望を持つ宗教家などに見られる心理状態を指すが、広義には基底にある自尊心の低さを他者を助けることからくる自己有用感で補償する人々をも含める。
 
人を救いたいという気持ちの裏に「人に認められ、自分の心を満たしたい」欲求が見え隠れする人なら、思い当たる人はいるのではないでしょうか。
人助けをすると自己肯定感が上がるのは誰しもが感じていることですね。
 
メサコンとなると、これが少しやっかいで。
自分の心を満たすために、他人を救済するべき弱者に貶めてしまうことがあるんです。
しかも無意識に。
本人はいたって善人だし、行動も善良そのもの。
にも関わらず、周囲が力を失っていくのです。
 
そんなメサイアコンプレックスに陥らないよう、また救済対象にならないよう、わたしが覗き見た夫婦の話を書いておこうと思います。
 
メイドの仕事をしてしたいた時、一人の女性スタッフと仲良くなりました。
担当地域が同じため、客先で一緒になることが多かったのです。
今まで見たこともないほどフレンドリーな人で、一度会ったら友達というタイプでした。
 
仲良くなると家に呼びたくなるようで、そのうち旦那さんとも交流をすることになりました。
趣味の合う人たちなので、わたしも気軽に付き合っていたんですよね。
 
彼女に対して違和感を感じたのはその頃です。
 
客先に行くためにバスで移動していた時。
道中の停留所で杖をついたおばあちゃんが乗ろうとしてきたんです。
ふと隣を見ると、彼女の目つきが変わってそわそわしだしました。
 
そして、おばあちゃんがよろめいた瞬間「だいじょうぶですか~」と飛び出して、倒れるのを防いだのです。
ナイスプレー! おばあちゃん無事でよかった。
 
でも横で見ていたわたしには、彼女がおばあちゃんの失敗を望んでいたように感じられてしかたありませんでした。
だってあの態度、わたしが美味しいものを見た時と同じだったから。
 
また別の日。彼女の客先に一日だけのサポートで入った時。
他のスタッフと明らかに違うのが、お客さんとのお話しの長さでした。
契約時間のゆうに半分は、おしゃべりタイムになっています。
 
お客さんの中には孤独を抱えている方もいて、スタッフとの交流を求めて契約する場合があります。
お互いが納得しているなら何も問題はありません。
丁寧なヒアリングは作業の役にも立ちますし、無言よりはずっといい。
 
それでもわたしには、彼女がお客さんを依存させているとしか思えませんでした。
お客さんが、彼女に縋りついているように見えたんです。
自分に不信感があるからそのように解釈するんだと、深く考えないよう心掛けたのですが。
彼女が担当を離れる時、他のスタッフが嫌だと解約になった話を聞いて、疑念が深まってしまいました。
 
趣味仲間としては何の問題も感じていなかったので、お家に遊びに行く関係は続いていました。
そのうち、旦那さんが臥せっていることが増えました。
三交代の仕事で睡眠時間が不規則だと説明をされたので、素直に納得。
 
旦那さんがうつ病で人に会えないから約束延期してと言われて、やっと異変に気付きました。
 
最初は会社に行けないところから始まったそうです。
ローンの返済のため働きすぎたんですね。
共働きなので、彼女も深刻には考えていませんでした。
 
がんばったんだから、しっかり休んでほしい。
お手本みたいな奥さんです。
本人がうつ病を認めたがらず、投薬やカウンセリングの治療を拒否するのだけが問題でした。
 
変化があったのは、半年くらい後。
法的な手続きで、彼女が連絡ミスをして旦那さんの了承なしに話を進めてしまったことがありました。
それで旦那さんがぷつっとなってしまって。
「絶対に、死んでも許さない」と言って、彼女を完全に無視し始めたんです。
 
奥さんと顔を合わせたくないあまり、仕事には行けるようになったらしい。
そこはある意味よかったのかもしれないけれど。
もともと過度に神経質なタイプだったので、仕事でも家でも心が休まらない状態がいつまで持つのかと心配されてました。
 
ここまでの話を彼女から聞いていて、ある言葉が何度も出てくることに気づきました。
それは「かわいそう
 
「旦那さんがかわいそうやから、わたしがなんとかせんとあかんねん」
「旦那さんがかわいそうな思いをしてるのは、わたしが悪いねん」
 
「旦那さんを幸せにするためなら、わたしは死んでもええねん」まで飛び出しました。
彼女の口から語られる旦那さん像は、対等な配偶者ではなく「守らなければならない弱い存在」でした。
 
お家で遊ばせてもらっている時も、彼女の旦那さんへの対応は妻というより「過干渉の母親」に近かったと思います。
30分に一回は「なんか飲む?」「なんか食べる?」「しんどかったらお布団しこうか?」
近所の騒音で寝れないと言われれば自ら話をつけに行き、合意が得られないとわかると法的手段を模索し始めたり。
四十路の男にそこまでする必要がどこにあるのかと思ってました。
 
思い出しているうちに、それまでの違和感が繋がってきました。
彼女は「人の役に立つ自分であるためにかわいそうな人を探している、もしくは作り出している」のではないかと。
 
そこで、心理学の本やネットを当たって見つけたのが「メサイアコンプレックス」という心の在り方でした。
彼女の行動はメサコン故と考えるとすべて腑に落ちるんです。
 
おばあちゃんが怪我をしないように「救う」
孤独なお客さんの心を「救う」
神経質でストレスをためやすい旦那さんを「救う」
 
3人とも他者のフォローが必要なタイプではありますが、後ろの二人は彼女が救いやすいよう依存状態に持ち込まれていた恐れがあります。
彼女の過剰な気づかいによって。
 
「人は扱われたように育つ」という子育ての名言がありますが、大人であっても同じです。
フットボールアワーの岩尾さんは両親から「かわいい」と言われて育ったので、自分がブサキャラとして通用するご面相だとは思っていなかったそうです。ひどいたとえですけど。
わたしだって「まだ食べるやろ?」と言われて、お菓子を回されれば平気で別腹がひらきます。
 
「かわいそう」だとか「気の毒だ」という扱いを受ければ、自分でもそのようにふるまってしまうのです。
旦那さんの場合、もともと生活スタイルが安定せず、うつ病になりやすい状態にありました。
そこに彼女の「かわいそう」扱いが重なって、症状を悪化させた可能性は少なくありません。
わたしという彼女を評価する人間が加わったことでエスカレートしたところもあるかもしれない。
 
彼女はわたしや、自分の幼馴染にもいうんです。
「いつもがんばってるんやろ」「疲れてるやろ」「忙しいんやね~」
 
わたし「生ぬるい仕事で」「楽々」「ヒマな」生活してますけど。
何度説明しても、次に会った時は元通り。
あれは相手を「救える」存在に押し込もうとしていたんですね。
そうすることで、心の底では自分を救っていた。
 
もちろん彼女に悪意は一切ありません。
いつも周囲の人間関係を一番に考えていて、尊敬する部分のほうが大きいくらいです。
ただ「誰かを救わないと自分に価値がない」と思っているだけ。
 
何度か「わたし、○○さんが何かをしてくれるから一緒にいるわけじゃないよ。他の人もそうやと思う」って言いました。
まあ聞く耳持たないですよね。
「そのままのあなたでいい」なんてどこの綺麗ごとやねんって感じです。
 
でも、ホントなんです。
自分に向けられると拒否反応起きますけど、他人には素直に言えてしまう。
嫌いならわざわざ会ったりしませんよね。
わたしは特にそうです。
それを理解することができない。

彼女は人が好きでありながら、人を信用しきれない弱さを隠していたんです。
 
だからまず、彼女の人間性そのものが、みんなを引き寄せていると気づいてほしかったんですけどね。
わたしも話がうまくないもので、どうにもできなかったし、どうかしてもいけなかった。
 
断絶状態は、彼女が急病になったことで途切れてくれました。
お腹が痛いと病院へ行くと、難しい名前の病気で即入院。
処置が早かったので大事にはなりませんでしたが、場合によっては命にも関わる症状でした。
 
旦那さん、精一杯フォローしてくれたそうです。
退院後は、以前のようにとはいきませんが、無視されることもなくなり小康状態が続いていると聞きました。
彼女は「わたしこのために病気になったんかな?」と言っていました。
旦那さんに対する言葉が「かわいそう」から「助けてもらった」に変わったので、少し安心しています。
 
彼女の「誰かを救いたい欲求」が解消されたのか、いつかまた現れるのかはわかりませんが…。
 
彼女の症状はメサコンとしてはごく軽度なものです。
本格的な人は、宗教団体を立ち上げて救うべき信者を集めることもあるらしい。
メサコンというより、それに近い性格といったほうが正しいです。
それでも「救いたい欲求」を向けられるプレッシャーは、一人の男性をうつ状態に追い込むほどの大きなパワーを秘めていました。
 
ちょっと怖いですね。
誰にだって、人を助けていい気分になりたいという欲求はありますから。
精神のバランスを崩せば、誰でも彼女のように大切な人を弱らせないとも限らない。
 
わたしは「かわいそう」という善意で動かないことを決めました。
それはメサコンに振り回されていた状態の彼女が何度も発した言葉だからです。
 
「かわいそう」という言葉はある意味凶器なのです。
傷つけられるのは相手の尊厳。
尊厳をぐりぐり踏みにじられたら、そりゃあじわじわと弱っていきますよね。

自分勝手な感情でも、「好き」「おもしろい」「応援したい」と思ったほうが相手の力になるし、それは関わる自分にも好影響に違いありません。
 
「救いたい」「救われたい」はとても不毛な感情です。
自分のちっぽけな自尊心のために、他人を弱者に貶めないよう。
また、誰かの承認欲求の生贄にならないよう。

誰かを「かわいそう」と思った時。
自分が「かわいそう」だと思う時。メサイアコンプレックスという言葉を思い出してみてください。




なんだか真面目。
でも思ったことの半分も書けてない。
のに2時だ!仕事始まるのに!
救ってー( ;∀;)