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問題だけど、問題ないブログ

いつもご機嫌、意地でもご機嫌。機嫌さえよければ当面問題ないんです。知らんけど。

逆説的承認欲求と心の棚卸し

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はてなブログに来てからそろそろ3ヶ月になります。
3ヶ月って一区切りというか、飽きがくる時期と思うんですが、記事を書くことにそういった感覚はないですね。
意外と書きたいことがなくならないです。

バズのものすごいアクセス数にびびってネット絶ち状態だったのも、やや復活してきました。
自分の傾向がいろいろわかってきて、楽になったんです。

わたし、評価されるのイヤみたいなんですよ。
なんでやねんって感じなんですけど!

ブログをやるのはストレートに承認欲求の表明ですよね。
わたしも、自分のために書くのを最優先にしてはいますが、承認欲求は普通にあると思ってました。
いや、ありますよ。あるに決まってるじゃないですか。
ブクマもスターもコメントも全部嬉しい(*´ω`*)

でもどこかで「わかられてたまるか(# ゜Д゜)」みたいに思う自分がいるんです。
なんちゅーひねくれもんや。

そんなことを思っていた時。
いつも伺っているブログ主さんが、共感覚の持ち主であることを告白されてたんです。
共感覚というのは、一つの刺激から複数の感覚を刺激される能力のこと。
その感覚は人によって違い、数字に色があるとか、形に味があるとか感じたりするみたいです。
テレビでしかみたことがないので、ひゃーかっけーと思ってしまいましたけども。

ブログ主さんは子供のころ、そのことでいじめられることも多かったそうです。
子供って自分と違う存在を感知して攻撃する能力すごいですもんね。
わたしは特殊能力はないですが、同じようなことを感じてきたので、身につまされてしまいました。

わたしの場合は人間関係についての捉え方が特殊だったみたいです。
子供のころから孤独感が理解できません。
養育環境が恵まれて孤独を学ぶ機会がなかったのが大きな理由で、そこは両親に感謝しきりです。
ただそれだけではなく、誰かがいる安心感から喜びを得にくい特性があるみたいなんですよね。
逆に一人でいる喜びが無限大(;゜∇゜)

そんな性格なので、ものの捉え方が周囲の人と真逆なことがけっこうありました。
読書感想文を書いても「その感想は違う」と言われたり。
感想が間違いってどゆことなの。

理由を聞くと、主人公に感情移入してないからって。
そんなん主人公でも作者でもないのでわかるわけないやん。
自分がどう感じたか書くのが感想文ちゃうのテストかい!って思いましたよ。

周囲の人はそれが自然にできてるんですよね。
どうやってるんだろうと不思議でした。

その辺りから、何か問題がある時は自分に原因があるんだろうなと考えるようになりました。
まっとうに孤独感があって人とのつながりを求める人が正しくて、欠陥持ちの自分が間違ってる。

でも根っこのとこではまったくそんなこと思ってなかったです\(^o^)/
自分が一人でいれないからって、一人でいたい人を異分子として攻撃することのどこが正しいのかと。
趣味が違うだけなんだからほっとけばいいのにね。寂しんぼかw

そんな人ばかりでないとはいえ、一人でいられない人を軽んじるようになっていました。
普段は気にしてないんですが、積極的にからまれると拒否感を覚えてしまいます。
一緒にしてくれるなーって。

バズの時にアクセスしてくれた人にも同じことを感じてしまって、それでなんか怖くなったみたいです。
普通の人に評価されるなんてイヤ、みたいに。
承認欲求が逆に出てるんだと思います。
要は厨二病なんですけど!

あ、ブロガーさんは変な人枠(誉め言葉)ですよ。
公のネットに個人のオピニオン晒すとか頭おかしいです(誉め言葉)
そういう変態さん(誉め言葉MAX)大好きです。
声をかけられると舞い上がります。

顔の見えない1アクセスの後ろにも生身の人がいるって理解はしてます。
でもわたしにとっては、大量のアクセスより、好奇心をくすぐってくれる人との関わりのほうが重要です。

自分の内面を掘り起こしているうちに、いろいろとすっきりしてきましたよ。
心を棚卸しできた気分です。
まだ何か残っているような気がするんだけど、なんでしょうかね。
そのうち思い出すか忘れるかすると思います。

こういう内容を書こうと思えるブログってすごいですよね。
副次効果「心の棚卸し」、発見しました。
わたしにとっては主目的かもしれない(  ̄▽ ̄)