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問題だけど、問題ないブログ

いつもご機嫌、意地でもご機嫌。機嫌さえよければ当面問題ないんです。知らんけど。

新興メディア叩きは紀元前からあったらしい

所感
前の記事で「スマホがあるから馬鹿になるとか言ってるやつ、昔の人も同じこと言ってたと思うで~。進歩なさすぎ(^Д^)m9プギャー」みたいな内容を書きました。
これについてかえるさん (id:KAERUSAN)からおもしろいコメントをいただきました。
「文字があるから馬鹿になる」って、実際に古代ギリシアで言われてたんですって。
 
ネットで調べただけですが、プラトンの作品「パイドロス」の中で、師のソクラテスが時の王に文字の有害性を説いた話があるんです。
その理由がおもしろくって。
「文字に記録することで人の記憶力が退化する」ことを危惧していたようなんです。
 
確かにそうやー。
メモなどのツールを利用すると、記憶に割り振るリソースを節約できるって言われてますもんね。
現代と古代で記憶すべき情報の量は違っているだろうとはいえ、記憶力そのものは昔の人より落ちてるんでしょう。
 
記憶を文字という外部のツールにアウトソーシングしたことで、発想や思考に能力を使いやすくなったことは「パイドロス」ですでに看過されてました。
その結果、人類の文化が進化してきたことは違いないので、プラマイゼロかややプラスって思いますけど。
これは現代人の発想なのかもしれません。
 
文字の生まれる最中に生きていた人々にとっては、誰かが決めた謎の記号に今までの習慣が塗り替えられていくのは恐怖だったんでしょうね。
今、過度にネットを毛嫌いしている人達と同じです。
プラトンって紀元前の人ですよ。
新しいメディアを叩くのは、もう伝統芸能でいいや(;゜∇゜)
 
今ちょうど、世の中に浸透する最中であるインターネット。
ここにアウトソーシングできるもの、それによって発達する能力ってなんでしょう。
プラトンの時代と同じく、否定されている部分に答えがありそうな気がするんですよね。
 
よく聞くのが、すぐ検索して自分の頭で考えない問題。
わたしのことか。
答えのあることなら考えるより早いし確実やんって思います。
(ネット情報の真偽は別にして)
 
この批判、よくわかんないんですよ。
ネットがない時だって、疑問の答えが欲しければ人に聞いたり、文献漁ったりしてたじゃないですか。
自分の頭だけで考えて答えを出してたことなんてあります?
ネットを使うと思考力が落ちるという主張はなんか変。
 
得た情報を鵜呑みにして考えずに行動してしまうのはテレビのヘビーユーザーだって一緒です。
納豆とバナナとくるみ食べられなかった恨みは忘れんぞー(`ε´ )
 
これは情報リテラシーの問題ですね。
ネット単体への批判としては的外れです。
 
他にはコミュニケーションが希薄になる点がよく批判されてますっけ。
むしろ遠方の人ともばんばん連絡取り合えて、希薄どころか濃密で息苦しいくらいですけどなにか(*´ー`*)
 
例えばLINEのスタンプは、感情表現をアウトソーシングしているという見方ができるんじゃないかなーと。
返信に対応する分の労力が減りましたよね。
コミュ障でも比較的気の聞いた返しができてしまいます。
今まで苦心して伝えていたものが、ちゃらちゃらした漫画絵で代用できてたまるかって思う人がいても不思議じゃないなあ。
 
人間関係の広さや親密さは、人の価値を測る規準の一つですよね。
現代社会で内向的な人間の価値が低く見積もられがちな理由もそれです。
 
現状でコミュニケーションを何らかのツールに完全に丸投げできることはありませんが、それが可能になったらと考えるとおもしろそうです。
コミュ力が原因で埋もれていた才能が発掘されるに違いない~。
実際にネット上のツールやSNSで、体面を苦手とする人が生き生きと活動している例は少なくないですから。
 
怖く感じる人もいるんでしょうね。
愛想に意味がなくなるのはわたしもちょっと困る(((((((・・;)
けどそれは古代人も越えてきた道みたいです。
たぶん対応できますって!